パイプオルガンの魅力
3種類の調律法による東京芸術劇場のオルガン
はじめに
オルガンには長い歴史があり、時代により国により違いがあります。東京芸術劇場の楽器の設計は、歴史上のいくつかの違うスタイルのオルガンを1つにまとめてみようという発想が基になっています。
演奏台を眺めてみましょう。鍵盤の右と左には、音色を変えるストップのノブ、鍵盤同士を連結するカプラーのノブ、それに、他の付属装置を作動させるノブがついていますが、これらは合わせて約150にものぼります。さらに、このオルガンには外観上2つの顔があり、総計3種類の違ったタイプの音楽を表現できるという特徴があります。ですから、操作は便利にできてはいますが、やはり演奏者は細心の注意を払う必要があります。
オルガンの内容
このコンサートホールは現代的な装いをもっています。ここにヨーロッパの教会オルガンのようなデザインをもってきたのでは調和しません。一方、17-18世紀のオルガン音楽が鳴ったとき、それに相応しい外観も欲しくなります。このジレンマを解決するために、回転方式を考えました。オルガンケースは背中合わせに2つ作り、第1の面はいわばクラシックの顔、第2の面はモダンな顔にしました。前者はヨーロッパの伝統に沿った形で、後者はホールとの調和をとりながら、より自由な発想で作りました。この結果、ホールの美観の点でも、楽器の伝統の点でも、それぞれの長所を最大限に生かすことができたと考えています。
最大のパイプを含む3列の32フィート管は、スペースと音響上の効率から、バルコニーの奥の壁に接して置きました。
総計126のストップによって制御される約9,000本のパイプは、14の音響グループ(ストップリストのHOOFDWERK, BORSTWERKなど)に区分されて、8つの手鍵盤と2つの足鍵盤に配置されています。クラシック・デザインの面にはルネサンス様式とバロック様式という2台のオルガンがはめ込まれていて、3段鍵盤の演奏台が両方に共通して使われます。モダン・デザインの面はフランス古典からロマン派への移行期のオルガンが入っていて、5段鍵盤の演奏台で演奏されます。全部のパイプに空気を送るためには5台の送風機と48個の風箱が必要でした。回転盤は速度可変の3つのモーターを備え、コンピュータで作動します。楽器全体で70トンの重さがあります。演奏者の便宜を図って、レジストレーション(ストップ組合せ)の記憶のために3つのコンピュータが用意されています。キー(鍵)操作も、ストップ操作もメカニカル・アクションです。古い様式の楽器の方にはハンマー処理した鉛パイプを使っています。整音は非常に良好なこのホールの音響条件に合わせて行いました。
第1番目のオルガンは、1オクターヴの中に8ヵ所の純正3度を含むミーントーンで調律されており、オランダ・ルネサンスの精神で作られています。ピッチは467Hz。特にザムエル・シャイト、スヴェーリンク、シャイデマンの曲に適しています。
第2番目のオルガンは、18世紀中部ドイツの味わいをもっており、バロック調律法、415Hzのピッチになっています。J.S.バッハやその同時代の人の作品に向いています。
モダン・デザインのケースには、フランス古典期を基本にして、部分的にフランス19世紀半ばのロマン派の要素を取り入れたオルガンが入っています。調律はほとんど平均律、442Hzのピッチです。シンフォニックの曲にも、フランス古典オルガン音楽にも適しています。
このように、オルガニストは弾こうとする曲に応じてオルガンを選び、音楽学の立場から最もオリジナルに近い演奏をすることが可能になっています。
『世界最大級のオルガンの魅力』(YouTube)
2011年2月25日(金曜)20:00~20:45放映
東京MXテレビ
東京芸術劇場オルガニスト (2023.04.01より)
© K.Miura
2023年4月からコンサートホールのオルガニストとして徳岡めぐみと、ジャン=フィリップ・メルカールトの両氏を迎えることになりました。お二人はこれまで国内外で研鑽を積み、幅広いレパートリーで様々な演奏活動を続けてきたほか、各地のホールオルガニストを務め、教育機関でも熱心に指導育成を行ってきました。豊かな経験と実績に裏打ちされた確かな実力と柔軟性を兼ね備えたアーティストです。
今後、東京芸術劇場では新オルガニストと共に、複数の音楽様式を専門的に演奏することができる当劇場のパイプオルガンの特徴を活かした新たなプログラムをお届けして参ります。
新オルガニスト 就任コメント
この度、私たち二人は、ここ東京芸術劇場のオルガニストを引き継ぐことになりました。正オルガニストの小林英之さん、副オルガニストの新山恵理さん、平井靖子さん、川越聡子さんが、長年にわたり世界に誇るガルニエ社のパイプオルガンを守り、そして多くの方々に感動を与えて来られたことに心から敬意を表します。「回転するオルガン」として3つの異なる様式を備えたこのパイプオルガンは、ヨーロッパでも非常に有名で、また現在に至るまで他のどの場所にもみられません。
パイプオルガンは時代・国ごとに発展していますので、この3つの様式がルネサンスからバロック、モダンに至るまでの400年にわたるオルガン音楽のそれぞれふさわしい響きを可能にしていることは、オルガニストにとってまさに理想の楽器といえます。
日本よりパイプオルガンが身近な存在である欧米でも、教会の楽器というイメージが強く、クラシックの世界ではどこか境界線が引かれていますが、近年になってようやくその状況を変えようという動きが広まりつつあります。もちろん、教会とつながる楽器として大切な役割を担っていますが、日本では大規模なパイプオルガンは主にコンサートホールに設置されてきました。これまではひたすら欧米から影響を受けてきましたが、何にも縛られない日本のコンサートホールのオルガンが、これからは世界に独自のオルガン文化を発信していける可能性を感じています。まだまだ浅いながらも私たちの経験を活かしながら、この場所で何をしなければいけないか、またさらに若い世代のオルガニストにどう引き継いでいかなくてはならないかをじっくり考え、私たちの役目を果たしたいと思っています。
より多くのオルガニスト、そしてより多くの聴衆の方々とこの東京芸術劇場のパイプオルガンをつなぐことができるように、まずはスタートをきりたいと思います。日本人+ヨーロッパ人のオルガニストというコンビネーションで、新たな「芸劇のオルガン」の顔を皆さまにお見せできるように盛り上げてまいります。どうぞ応援をよろしくお願い申し上げます。
徳岡 めぐみ
ジャン=フィリップ・メルカールト
オルガニスト
徳岡 めぐみ (オルガン) TOKUOKA Megumi, Organ
東京藝術大学音楽学部オルガン科卒業、同大学院音楽研究科修了。安宅賞受賞。ドイツ国立ハンブルク音楽大学卒業。2001年オランダのアルクマールでのシュニットガー国際オルガンコンクールで優勝、併せて聴衆者賞も獲得する。同年、ハンブルク音楽大学でDAAD賞を受賞し、受賞記念コンサートをハンブルクの聖ヤコビ教会で開催する。2002年北ドイツ放送(NDR)音楽賞国際オルガンコンクールで2位を受賞する。帰国後、各地のコンサートホールや教会などで演奏活動を行うほか、ヨーロッパでもコンサートを行う。近年、能楽やプロジェクション・マッピングとのコラボレーションでコンサートを行うなど、オルガンの新たな可能性を模索している。現在、豊田市コンサートホールオルガニスト、東京藝術大学非常勤講師、東京音楽大学非常勤講師、片倉キリストの教会オルガニスト、国際基督教大学オルガニスト。
CDは「シューマン・ブラームス オルガン作品集」(ベルギー)、「豊田市コンサートホール オルガン設置10周年記念」、「ベツレヘムに生まれし幼子 ハンブルク聖ヤコビ教会 アルプ・シュニットガー・オルガン」(ドイツ)、「ブクステフーデ オルガン作品集」(ドイツ)をリリース。
ジャン=フィリップ・メルカールト (オルガン) Jean-Philippe Merckaert, Organ
ベルギー生まれ。パリ国立高等音楽院でオルガンをオリヴィエ・ラトリー、ミシェル・ブヴァールに師事し、2005年プルミエ・プリを得て卒業。ベルギーではブリュッセルのベルギー王立音楽院にてジャン・フェラーにオルガンを師事し、2008年修士号を取得。モンス王立音楽院にてクラシック作曲法を学び、2007年修士号を取得。2007年、フライベルクにおけるジルバーマン国際オルガンコンクール第2位、2009年、ブルージュ国際古楽コンクールオルガン部門第2位受賞。
2003年から1年間札幌コンサートホールKitara専属オルガニスト、2011~14年まで所沢市民文化センター ミューズ ホールオルガニストを務めた。現在、那須野が原ハーモニーホールオルガニスト、聖グレゴリオの家宗教音楽研究所講師、片倉キリストの教会オルガン教室講師。近年、オーケストラ曲の編曲にも力を入れており、様々な演奏会で好評を得ている。CDは「ヨハン・ゼバスティアン・バッハ ライプツィヒ手稿からのコラール集(2枚組)」(スイス)、「フランク、ドビュッシー、サン=サーンス オルガン編曲集」(パリ)、「シャルル=マリー・ヴィドール オルガン交響曲 第5番」(那須野が原ハーモニーホール)をリリース。
オルガン・アドバイザー
小林 英之 (オルガン) KOBAYASHI Hideyuki, Organ
© S.Nishikawa
東京藝術大学音楽学部卒業、同大学院修了。ドイツ、フランクフルト音楽大学卒業。各地での独奏会のほか、アンサンブルへの参加も多い。オーケストラでオルガン・パートを担当し、神奈川フィル、アンサンブル金沢、東京シティフィル、N響、新日フィル、東京都響の定期演奏会には、ソリストとして出演。また、東京芸術劇場をはじめ各地のホールでオルガン関連事業の企画を担当するほか、中学生、高校生あるいは一般愛好家を対象としたオルガンに関する啓発活動も積極的に行っている。 現在、東京芸術劇場オルガン・アドバイザー。