芸劇dance 勅使川原三郎×山下洋輔 新作公演
UP
『UP』~常識をひっくり返す “カッコよさ”
前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)
日本が誇るダンスのフロントランナー・勅使川原三郎は、その研ぎ澄まされた審美眼と鋭い嗅覚によって世界中から先鋭的なミュージシャンを探り当て、これまで注目すべきコラボレーションを繰り広げてきた。若手ピアニストのフランチェスコ・トリスターノとコラボした「リユニオン~ゴルトベルク変奏曲」、それに気鋭の作曲家・藤倉大とコンビを組んだ新作オペラ「ソラリス」など、国内外で話題を呼んだ公演も記憶に新しいところである。その勅使川原が、なんとピアニストの山下洋輔をコラボレーターに迎え、新作公演『UP』に出演することになった。
もともと勅使川原は、山下の音楽のファン。ちょうどダンスに興味を持ち始めた時期に、山下洋輔トリオの演奏に出会ったという勅使川原は、『キアズマ』『寿限無』『木喰(もくじき)』といった伝説的名盤に夢中になり、山下から"カッコよさ"を学んでいったという。その"カッコよさ"とは、別の言い方をすれば"関係性の破壊/再構築"ということになるだろう。
山下と言えば"肘打ち"や"ピアノ炎上"など、常人が思いもつかないパフォーマンスで物議を醸してきたピアニストである。つまり、山下のピアノにおいては、"楽器と演奏者"という常識的な関係は、最初から放棄されている。勅使川原は、そうした山下の過激な"カッコよさ"を、『UP』という作品の中で思いっきり見せようというのである。
今回のコラボレーションにあたり、勅使川原と山下はいくつかの重要なコンセプトやアイディアを語っている。
まず、ピアノを"馬"に見立て、その"馬"を手懐けていく山下と勅使川原が、1回限りのパフォーマンスを行うこと。
山下は、勅使川原を"音楽の共演者"とみなし、勅使川原のダンスの出方によって音楽をその場で作っていく即興演奏に挑むこと。
例えば、ピアノの鍵盤を叩く寸前で止める"寸止め"のような試みによって、音楽が鳴っていない瞬間にも、観客に音楽を感じさせること。
ヴィデオのような装置に頼ってヴィジュアルを作り出すのではなく、音楽が空気を変え、視覚を変えていくような舞台を作り出していくこと。
これだけでも、今回の『UP』という公演が"生命と静物""ピアノとピアニスト""ダンスと音楽"有音と無音""聴覚と視覚"といった、常識的な関係性をひっくり返そうと目論んでいることが、容易に想像つくだろう。
だが、『UP』は、単なる破壊のパフォーマンスではない。
勅使川原と山下が繰り広げる"真剣勝負"、間に合うか間に合わないかというギリギリの"セッション"。そこから生まれてくる気持ちよさを、ひとつのアートに昇華させていくのである。
「タイミングが間に合った時の気持ちよさは、ジャズ用語に翻訳すると、ノリがいい、ということなんじゃないでしょうか」(山下)
「ダンスでは、気持ちがいい、という言葉はないんです。気持ちがいい、ってすごくポジティヴな言葉でしょう? パワーがある。ラヴと言ってもいい。もう、アートの極致ですよ」(勅使川原)
それこそが、勅使川原と山下が生み出す"カッコよさ"の到達点に他ならない。
これまでの常識をひっくり返す(=upturn)であろう新作『UP』は、いまだかつて体験したことのないアートの領域に我々を引きずり上げていく(=pull up)はずだ。