東京芸術劇場×明洞芸術劇場 国際共同制作
「半神」
「半神」ソウル公演初日レポート
「産みの苦しみこそあったけれど、今は「生まれた!!」という嬉しさを実感しています。」
韓国人キャストによる2014年版「半神」の初日舞台終演後のレセプションでスピーチに立った野田秀樹は晴れ晴れとした笑顔で今の心境をこう語った。
野田が言うところの産みの苦しみとは初日目前にシュラ役のチュ・イニョン(日本では鄭義信作・共同演出、08年初演舞台「焼き肉ドラゴン」三女役でお馴染み)が急性虫垂炎で倒れ、やむなく初日を1週間遅らせたことを指している。彼女のシュラ以外の選択は考えられなかった、と制作チームが語るチュ・イニョンによるシュラの成果とは。また、400人の応募者から選りすぐられた韓国人俳優陣の見せる野田ワールドとは。スポーツの祭典、アジア大会仁川で盛り上がる韓国ソウルへ飛んで満を持しての「半神」初日舞台を見届けた。
今回の日韓共同制作プロジェクトは韓国の国立劇場の一つ明洞芸術劇場と日本の東京芸術劇場によるもの。ソウル中心に位置する繁華街明洞エリアにあり、日本統治下の1934年に建てられたというそのクラシックな外観で一際目をひく明洞芸術劇場。週末ということもあり、原宿の竹下通りよろしく若い買い物客や観光客で身動きもとれないほどの人、人、人で埋め尽くされた路地を劇場へと向かう道すがらではマリアとシュラの宣伝フラッグが道案内を務めてくれていた。重厚な外観から一変、天窓からの日差しが開放感を演出するモダンな劇場内部のそこここにもマリアとシュラの姿が。全面に二人の姿が配されたエレベーターでは乗降の度にシャム双生児の身体が引き裂かれる事態が起きていた。
初日ということもあり、演劇関係者や各国大使館の文化担当らが顔を揃える中、観客席の大半を占めていたのが20代〜30代の若い演劇ファン達。韓国現代演劇界のトップスターが集う舞台だけあって、この貴重なチャンスを見逃すまいと海外オリジナル戯曲にも係らずそんな芝居好きらが劇場へと駆けつけた結果であろう。
観劇後に話を聞いた20代の演劇ライターの彼女は「これだけの俳優が揃う舞台は必見よ。正直、原作コミックのお話を読まずに観たのでところどころ分らないところもあったけど、人の孤独についての話だと思ったわ。コミックを入手して、また観に来るかも。」と感想を聞かせてくれた。
1986年下北沢本多劇場で産声をあげた「半神」。その後数度の再演でも貫かれてきた野田の演出プランは今回も健在だ。文化背景の違いや時代の移り変わりにあわせて若干の修正は加えられているものの基本のところでの大きな改変は無く、舞台中央の螺旋階段、メエルシュトレエムが起こる回り舞台、そして日本版でも使われていた楽曲がそのまま使用され、多感な少女が孤独と無償の愛を体感していく繊細な「半神」の劇世界を作り上げている。有り余るエネルギーで躍動する12人の韓国人キャストの体力に挑むかのように今回新たに設置されたのがすべり台。劇の後半に入ってもそのすべり台を軽々と逆走して駆け上がり、魔界の妖怪として舞台せまし、と飛び回る俳優たち。韓国の観客たちが注目するように、今回の舞台の最大の見どころは何と言ってもこの12人の俳優たちの魅力と言えるだろう。
萩尾望都の原作コミックから抜け出たような双子の少女マリア(チョン・ソンミン)とシュラ。劇の進行役であり流れを作る要、老数学者(老ドクター)役をまかされたオ・ヨンは手堅い演技で要所要所をきっちりと締める。今回抜擢されたという若手俳優のイ・ヒョンフンによる軽妙な演技が双子の間で苦悩する若い家庭教師に上手くはまっているところも見逃せない。とは言え、何と言ってもチュ・イニョンのシュラが今回の舞台の成果にもたらした功績は計り知れない。理不尽なこの世で離れられない半身を抱えながら小さな身体で生きるイニョンのシュラの姿に言葉の壁を越えて魅了されること間違いなし。2014年の今にあって最高のキャストで上演される野田秀樹の名作戯曲「半神」、観ておいて損はない。
田中伸子(演劇ジャーナリスト、The Japan Times演劇担当)